サイクリングエッセイ Hirobee's A day in the life

北摂里山のサイクリングとひろべぇの平凡な日々を綴ります。

ボクのキングセイコー

 今夜は蒸しますね。 いつかブログに書こうかなと思っていたのですが、僕の持っている古い腕時計の話でもしましょうか。
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 昔、昔、そのまた昔、ボクが偶然手に入れた、この腕時計お話を聞いてください。

 僕は自転車マニアではありますが、腕時計マニアではありませんし、詳しくもありません。
 この腕時計は今ボクが持っている唯一の腕時計ですが、人が言うにはSEIKOの手巻き(自動巻き)のわりといい腕時計なんだそうです。
 サラリーマン時代は毎日愛用していましたが、25年前に会社勤めを辞めてからは普段は腕時計はしなくなりました。 職人の腕には腕時計は邪魔だし、痛みやすいこともあって、普段は使わないようになったのです。しばらくは安物の腕時計をしたりしていましたが そのうち携帯電話が普及しだし、次第に腕時計はしなくなっていきました。 
 そしてちょうどその頃に、小学校に入ったばかりの長男が、ボクが腕時計を居間にでも置忘れていたんでしょう、この腕時計の竜頭を巻いて遊んでいたらしく、壊れて動かなくなってしまったんです。それからはずっと長い間 壊れたまま机の引き出しの奥にしまってあったのです。
 それが5年ほど前に引っ越しの際に、机の引き出しを整理していて見つけ、また使ってみたくなり、大枚はたいてオーバーホールに出してみたら見事に復活したんです。その際 腕時計の修理屋さんに 「内部の状態は良いので まだまだ使えますから時々は腕に嵌めて動かしてやってください」 と言われたので、それからはオフで出かける際にだけ腕に嵌めるようになりました。
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 ケースもガラスも傷だらけです。元のバンドはこの時計を手に入れた際にかなり傷んでいたので、新しいこのバンドに代えました。
 これでもオーバーホールの際に3万円ほど出して修理し全体を磨いてもらって以前よりは少し綺麗になったんです。 ガラスを新しいものに交換することも出来ましたが 磨くだけにしていただきました。 ボクは物を比較的大事に使うほうで、なぜこんなに傷だらけなのかと言うと、実はこの腕時計は拾ったものなのです・・・、ネコババしたのかいって言わないで下さい・・・、 まぁ結果的にはそうなんですが・・・。
 
 これを拾ったのは35年くらい前、ボクが20代でバリバリの山家だった頃です。
 社会人山岳会の夏の合宿で、北アルプス穂高岳へ7,8名でロッククライミングの合宿に行ったのです。
 その頃の山行きは夜行列車が当たり前の時代。 松本からバスで上高地に入り、上高地から槍ヶ岳方面に梓川沿いに歩き、横尾から穂高涸沢に向かう谷道に別れると左側に巨大な岩山が見えてきます。 これが屏風岩と呼ばれる標高差500mほどの垂直の岩壁を持つ岩山です。
 この夏合宿ではここをまず1本登ってから涸沢に下り、ベースキャンプを張ってあとは穂高の滝谷の岩場を数本登るというのが合宿の予定でした。
 屏風岩に取り付いたのはもう昼前、その日のルートにはすでに何組かの先行パーティーが居て先がつかえ、僕らは人数が多いのもあって岩壁の途中で日が暮れてしまい、その日は岩壁の中でビバーグになりました。
 広い岩棚に皆で並んで腰掛けて一晩を過ごしました。 夜中に何度か岩壁の何処かでガラガラっと岩が崩れる大きな音がして肝を冷やしましたが、その夜は見上げると谷間に綺麗な月が出ていて星空とともにとっても思い出深い一夜になりました。
 目が覚めるといつの間にか谷と岸壁は朝霧の中。 簡単な朝食もそこそこに登攀を再開し、屏風岩のルートを登りきったのはお昼頃でした・・・。
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 やっと岩壁のルートを抜け出て、傾斜の緩くなった処で登攀具を片付けながら 皆で地べたに腰掛けて休憩していたのです。
 這松に囲まれた狭い窪地の広場のようなところでした。

 ボクの座っていた、目の前の石ころの混じった赤土の地面に何かきらっと光るものが有ったんです。
 アルミ箔かなんかのゴミが埋まっているように見えましたが、土を指先で除けると時計のバンドのような物が少し見え、そしてさらにハーケンを使って掘ると、なんと腕時計が出てきたんです、其の時はたいへん驚きました。
 土にまみれた腕時計に水筒の水を少しかけてぬぐうと、裏ぶたにSEIKOの文字が読めるステンレス側の腕時計でした。 そして恐る恐るそっと竜頭を巻いてみるとなんと汚れたガラス越しに見える秒針が動き出したのです。

 皆、驚いて 「さすがにSEIKOの時計はすごいな、何年埋まってたんだろう・・・。」 と言うような話で一時盛り上がりました。 
 そしてその時の山行のリーダーが 「どうせ持ち主は見つかりっこないから屏風岩完登記念にお前貰っとけよ」と言われ、その場はそういうことで話が納まったのです。

 そして山行から帰り、家できれいに洗ってよく見ると、あちこち傷があるものの、なかなかいいSEIKOの腕時計であるのが解り、それからずっと大事にして来たという訳なのです。
 
 あれから35年以上時が経ち、今でも腕時計を手にすると時々考えるのですが。

 土の中に埋まっていたのですから僕が見つけた相当以前に持ち主が置き忘れたか、落とし、紛失した物でしょう・・・。 登山の行動中に腕時計を外したりはしませんし、ベルトが切れていたわけでもありません。
 そこは一般の登山者が来る所ではありませんが、岩登りのルートとしては結構、人気のあるルートでしたから、夏のシーズンには何組もここを登るパーティーはいます、しかし夏場のシーズンに落とした物なら、埋もれる前に誰かに拾われていたでしょう。
 ひょっとしたらオフシーズンの積雪期に登った、エキスパートのクライマーがここでビバーグでもしたのかもしれません。 困難な積雪期の岸壁を登り切り、ビバーグ中に、何かの拍子に腕時計を外していて、無くしてしまったのかもしれない。
 新雪の雪の中に腕時計等を落としてしまったら、すぐに気づかないと、見つけるのは大変ですからね。 そして、春の雪解け水か、大雨等でここが水溜りになり、やがて泥の中に埋もれてしまったのかもしれません・・・。

 厳冬期、積雪期のこのあたりは非常に難しいルートです、岩場を何とか登りきってからも大雪が降ったり、吹雪いたりすれば山を下りることもままならないで過去には遭難した方もたくさん居ます・・・。

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 最近はこうも考えるのです。

 あるいは、腕時計の持ち主はあの時も、あの場所に居たのかもしれないなと。

 腕時計のさらに下には、白い腕の骨が埋もれてたのかもしれないと。

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少しは、涼しくなりましたか、汗が引いたでしょうか?

ボクが若い頃に偶然手に入れた、SEIKO KSという腕時計のお話でした。