サイクリングエッセイ Hirobee's A day in the life

北摂里山のサイクリングとひろべぇの平凡な日々を綴ります。

●お別れの席

日曜の夜は家内の旧知の方のお通夜だった。
社交的なことが苦手で、人付き合いも少ないボクは、めったに義理だけのお付き合いの席には出席しないのだが、今回は訃報を聞いて、何気に素直にお別れの席に家内と同道する気になった。
イメージ 1
 
斎場で故人が、昭和9年生まれの享年80歳だと知る。
 
青春時代を戦後の昭和の激動の中で過ごし。家内にはご自分の事を『ワシの人生はテキヤ人生や』とよく言っておられたらしい。
 
性格も激しい方だったようだが、ご夫婦ともにウチの家内を気に入っていただいて、良くして下さった。
 
家内が生前、聞いたところによると、旧制3高卒で、人生前半は関西のフィルのトランぺット奏者で、シャボン玉ホリデーのオープニング曲を吹いたとか。 
 
人生後年は筍の栽培にどっぷりと嵌り、竹細工にも精を出されていたが、十年ほど前に、宝物のように精を出して手入れされていた竹林を無くしてからは、心身の状態を崩し、晩年は認知症で奥様とご家族を苦しめたとも聞いた。
 
きっと生きがいだった竹林をずっと続けていられたら、もっとお元気で長生きされたことだろうと容易に推測される。
 
ボクはお元気な頃に何度かお邪魔して、ご主人が育て、奥様が料理された美味しい筍料理を戴いた。ご主人にお目にかかったのは僅か数回だったが、遺影はそのころの笑顔の故人のままで懐かしく、故人の演奏するトランペット協奏曲が流れるお通夜の席。やんちゃそうな男の子のお孫さんが終始、泣きずくめだったのが印象深かった。 
イメージ 2
 
自分が六十を過ぎ、身の回りの出来事に、何気に自分の今後の人生と重ね合わせて考えさせられることが多い。
 
わが人生は悩み多き人生。天命を知るどころか、何時になっても惑いっぱなしのボクが 悟りを得ることなど、一生無さそうだ。